「あつまれどうぶつの森」、「ポケモンGО」、「スプラトゥ―ン」、「マリオ」、「星のカービィ」。
これらはすべて任天堂が制作したゲームである。
常にヒット作を飛ばしている任天堂。
しかし、その任天堂も低迷した時期があった。
それはスマホゲームが台頭してきた2010年から2015年の間である。
ここでは低迷していた時の任天堂の対応と「どのようにして復活を遂げたか?」を説明する。
任天堂の歴史
余談になってしまうが、少し任天堂の歴史について述べる。
現在は世界に誇るゲームメーカーに成長したが、もともとこの会社は花札とトランプを販売製造する会社であった。
3代目の山内傅氏の時代にさまざまな事業に乗り出し、経営を多角化させた。
現在のゲームメーカーとしての基盤を築いたのもこの山内傅氏である。
山内氏の功績は大きい。
私見ではあるが、この人の一番の功績は岩田聡前社長を見出した事である。
この岩田前社長こそが任天堂の低迷期を支え、その後の復活の道筋を作った人である。
スマホゲーム台頭!任天堂の雌伏の時代
筆者には忘れられない新聞記事がある。
任天堂のお膝元、京都の地元紙「京都新聞」が掲載した記事である。
スマートフォンゲームが台頭してⅮeNAやグリー、コロプラといった新興企業に後塵を排した際、「新興メーカーに市場を独占され、ジリ貧である。」
そのような辛辣な記事が掲載されていた。
スマホゲーム市場においては任天堂は常に劣勢であったろう。
任天堂の経営方針は「ゲーム機本体とゲームソフトを売る」というスタイルである。
スマホゲームに対して明らかにビジネススタイルが異なっていた。
それゆえに出だしも遅れてしまったのだ。
しかし、そればかりでもない。
このスマホゲームに対する姿勢は、任天堂ひいては当時の岩田社長の「譲れない経営方針」があったのだ。その理由は「スマホゲーム」の性質にある。
新興企業が開拓したスマホゲームというものは、最初は無料で遊べるのだ。
料金は、夢中になったユーザーが「後からアイテム課金をする」という方法で回収する。
このスタイルを「フリーツープレー」という。
前述した任天堂のスタイルとは真逆なのである。
しかし、岩田社長は自社が展開するスタイルとは違っても否定せず、次のように語っている。
「後からの課金や、フリーツープレーについて否定するつもりはありません。
弊社の業績に問題がないならいざ知らず、継続していた業績をを途絶えさせてしまった張本人である私が、他社のサービスについてあれこれいうのは筋違いと思っています。」
自分たちの方針とは違っても「社会やユーザーが受け入れているのであれば、それは一つのスタイル」と認めるところは認めているのだ。
「では任天堂がソーシャルゲームに参入するのか?」
それに対しては次のように述べている。
「それを任天堂がやるかどうかについてですが、端的に言って、それは考えていません。
例えば『マリオ』のソフトに4800円なり5800円を出す価値を認めている人に対し、『課金してカギを開けないと遊べない』というようなことはしません。
もちろん『マリオでより多くのステージで遊びたい』という人もいます。
その人たちに対して『新たなコースを作り、課金して追加できるようにする。』というようなことは別の話。販売方法の自由度が広がり、ゲームを展開する上で自由度も生まれました。
もちろん、それを自分たち自身で消してしまおうとは思ってはいません。
ただ、そのようなコンテンツが任天堂から出たとしても、それは任天堂が変節したのではありません。
『新しい選択肢を生かして面白いアイデアが生まれたので使った』というだけの話。」
スマホゲームに参入しても、『内容にこだわりたい』という点は一貫している。
社会問題となっている課金ガチャに対しても苦言を呈していた。
最終的には、ユーザーが任天堂ひいては任天堂のゲームに対して「どれだけ敬意を持ち続けていただけるか?」
それが重要であると述べていた。
しかし、スマホゲーム市場の大きさを鑑みた場合、会社として「何もしないのか?」
その答えは以下である。
後塵を拝した任天堂は2015年3月17日にDeNAと資本・業務提携で合意する。
その内容は「任天堂とDeNAがそれぞれ株式を持ち合い、任天堂の保有するキャラクターを使ったスマートフォン(スマホ)向けゲームを共同開発する。
また、任天堂はDeNAに10%、DeNAは任天堂に1.24%をそれぞれ出資する。
出資額はともに220億円」というものであった。
任天堂はスマホゲームを展開するにあたり、1からプラットフォーム作りをせずにⅮeNAと提携する道を選んだ。スマホゲームビジネスにおいて考え抜いた末の結論である。
ビジネスにおいて、ある分野で先行された際に「自社のプラットフォームにこだわり、多額の開発費をかけた末に撤退」という話はしばしば聞く話だ。
任天堂は「スマホゲームは苦手分野」という認識を自覚し、「ⅮeNAと共に運用したほうが得策である」と判断したのだ。
その判断は英断であった。
スマホゲームにおいてはⅮeNAと協調することで、人材と資金を浪費せずに済んだ。
ゆえに次の開発に集中できた。
そして、その後の「ポケモンGО」、「あつまれどうぶつの森」といったヒット作を生み、再び任天堂は息を吹き返すのだ。
まとめ
前述した任天堂の対応は万事において参考になる。
企業も人間も良い時ばかりではない。
雌伏の時に我慢強く耐え、次のチャンスのために準備する。
その分野においては「何が一番良い選択肢か?」
しかし、そのように思ってもなかなかうまく行動できない。
その点では任天堂は素晴らしかった。
今の地位を維持できているのも納得できる。